児童療護施設

日常

 以前、鹿児島県知覧町に住んでいたことを投稿させていただきましたが、その当時の私は、会社員を辞めて福祉の道に進むため、鹿児島県の福祉大学に進学していました。

当初、苦学生だった私は、「夕食のお弁当付き!」との触れ込みに誘われ、寿司屋の配達を始めたのですが、当時はナビがない時代です! 右も左も分からない鹿児島の街はまるで迷路のようで、毎日その時を乗り切るのに必死だったのを覚えています。今考えるとよくやれたな~と思うばかりです。

学生生活と迷路攻略の日々を送って約一年過ぎた頃です、ゼミの教授(私の唯一の恩師です)から、「児童養護施設で働きませんか?」と声をかけていただきました。その施設があった場所が知覧町です。自宅アパートがあった鹿児島市内から、知覧町まで1時間以上かかる距離でしたが、以前から児童養護施設に興味があった私は、二つ返事でお受けしました。こうして迷路を走り回る日々から、長距離を往復する耐久ロードのような生活へと変わっていきました。

児童養護施設での私の仕事は、将来の自立を目指す高校生が生活する施設分園(一般住宅)に配属され、男女5名の高校生と一緒に生活することでした。私も学生だったため、園生が学校に行った後に私も大学へ向かい、園生が帰って来る頃に私も戻る、ような生活を送っていました。また、施設本園の中学生等の学習指導も担当し、多くの園生と関わる日々が始まりました。当時の私は、自分が選んだ道を進み出した充実感と、園生の力に少しでもなりたいと、少し熱い気持ちでこの仕事を始めだしました。

しかし、その熱い気持ちは日々が過ぎていくうちに徐々に小さくなっていきました。分園に住んでいる園生の子たちは、様々な運命を背負いながら、これから来る新しい生活に向けて始まりだそうとしています。多く園生たちは、ほとんど他者からの援助を受けられないまま、社会に出なければならない現実が待っています。また、本園の園生たちも、本来最も安心できるはずの自宅に帰ることができず、児童療護施設という、ある意味で特殊社会で生活していました。園生の子たちも施設に入らなければならない様々な事情があり、児童療護施設が良いとか悪いとか言うつもりはありません。ただ当時の私は、多くの園生たちが、同年代の子たちと比べて落ち着きがない性格だと感じていました。そのため勉強を教えていても、多くの子たちには集中力がなく、露骨に物事から逃げだす子、そして逃げるために多弁になる子など様々な園生がいました。

後になって気づいたことです。その大きな原因は、心を包む「安心感」というものがとても薄いことだと思います。人は「安心感」が無ければないほど心が落ち着かず、自分の性格や判断など様々な面に影響してしまいます。ましてや18歳以下の子たちです。ご想像の通り、私が学習指導していた環境は、まるで学級崩壊した教室のような無法状態で、毎日その時を乗り切るのに必死だったのを覚えています。今考えるとよくやれたな~と思うばかりです。

そんな中でも、私の学習指導を真面目に受けてくれる園生が数名いました。その中に、引き篭もりで他の園生とも全く関わることがなく、居室から殆ど出てこない男子園生がいました。その園生は、私から観ても非常に頭が良い子で、その子の将来を感じてしまった私は、集団での学習指導が終わったあとに、その子の部屋で個別に勉強を教えるようになりました。

学生生活と学級崩壊のような日々を過ごして約一年過ぎた頃です、その引き篭もりの男子園生が突然園から姿を消してしまいました。詳しい内容は分かりませんが、「親に復讐に行った!」と知らされました。そして、その事がきっかけで、以前行き過ぎた指導で話題となった戸塚ヨットスクールのような施設に入所したとも聞かされました。その出来事は、それまで必死に向き合ってきた事に対して裏切られたと感じてしまい、それと伴に強い焦燥感を抱く事となってしまいました。もともと一杯いっぱいだった私は、自分の心を保つことができなくなり、結果として児童養護施設を退職してしまいました。

今考えると、1年近く関わっていたその園生の、心の奥の寂しさを感じることが出来なかった無神経さ、学級崩壊のように見えた場所は、学校や施設で抑圧された園生の心を解放していた場所であったこと、そして施設分園の少し冷めた園生たちとも、テレビ等を観ながら皆で笑い合えることができていたことなど、多くの事に気づかず、忘れ、ただ自分の心の苦しさのみを強くしていった未熟さに、今更ながら考えさせられます。

様々なことで、「理想と現実は違う」と言われます。私自身は、理想も現実もどちらも経験し、失敗、成功をくり返す事こそが大切なのだと思います。すべてが勉強です!! 児童療護施設での経験は、心が未熟で将来の期待と不安で溢れかえっている若い方々との関わりに於いて、大切な経験となっています。

私自身のこれからも、あまり恐れずに、失敗、成功を繰り返していければ幸せですね。

コメント