知覧

世界

 皆さん、知覧町という街をご存知でしょうか?鹿児島県の南にあるとても小さく穏やかな街です。私は若い頃、その街に約1年間住んでいました。

この街は、太平洋戦争で自分の命を捧げて南方の戦地に飛び立った『神風特攻隊』の出撃地として知られています。街の道沿いには灯籠が建てられており、その数は特攻隊として亡くなられた方の数だけ建てられています。お盆の時期、その灯籠から灯された蝋燭の火が未だに心に深く残っています。また街には『知覧特攻平和会館』があり、私は何度も足を運びました。

その会館には、当時の私とほぼ同年代の若者たちの写真が並び、動物や仲間たちと笑い、楽しんでいる姿からは、私と何も変わらない普通の青年たちを感じました。彼らが残した手紙や遺品からは、家族への想いや、これから特攻隊として任務を進めなければならない覚悟が綴られており、心が強く揺さぶられたのを今でも強く覚えています。

話が変わり重く繊細な内容となりますが、現在の世界は、「武力」が国を守る大きな力となっているのが現実です。日本人の多くは、「国連で話し合えばいい」とか「アメリカが助けてくれる」とか思いがちですが、それは表面的な安心感に過ぎません。本当に国の存亡を揺るがす事態が起こった場合は、最終的に自分たち日本国民自身が立ち向かうことが必要となります。それは、ロシア、ウクライナ、イスラエル、パレスチナ等の国民の苦しみを見れば明らかです。

時が経ち、今の私は、かつて普通の青年たちを『神風特攻隊』として戦地に送り出した人たち、また当時の大日本帝国を支えていた人たちと同じ年代となっています。自分にも家族ができ、また日本や世界の歴史や現実を見続けたことで分かってきたことは、「口だけの理想では何も解決しない」ということです。「悩み」「苦しみ」ながら、大切な物を守りながら今を進まなければならないということです。そして少しでも良い方向に進ませるためには、様々な『 力 』が必要だということも分かっています。とても苦しいことです!

特攻隊として亡くなられた方々も、彼ら若者を戦地に行かせた方々も、世界が第二次世界大戦として戦わなければならなかった日本国の悲劇として心から慰霊しています。そして、そういった事を深く考えれば考えるほど自分が「臆病」になって行きます。

あれほど何度も行った『知覧特攻平和会館』ですが、今は行くことができないです! 本当に「臆病」な自分になりました。 ですが、人生の最後に、もう一度だけあの場所を訪れたいと思っています。

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